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今年の6月9日、歌人の塚本邦雄先生が亡くなられました。84歳でした。ご高齢とはいえ私にはとても大切な方です。先生はお元気なころは一日10首、歌を作り続けると言っておられました。それが10年ほど前に秘書の編集者を失い、続けて奥様も亡くされました。瞬く間に両輪を失いました。それでも気丈に一人暮らしを通して居られましたが、まもなく心身の無理となり、一人息子の青史さん(作家・塚本青史氏)とお暮らしになりました。先生はそれでも息子は息子、男は男であるという気概に溢れておられて、とても嫌がったそうです。もし私が娘だったら父の晩年ももっと楽なものではなかったかと言われた青史さんの言葉が印象的です。それから葬儀の返礼に父の思いの入ったものを使いたいと私のもとに青史さんから相談があり、私の妻に先生が詠んでくださった弔歌(相聞歌・28首)のなかから青史さんが選ばれた歌は「蔓草のつらき日々のみ重ねつつ いつの日か一輪の花ひらく」です。戦後最大の歌人といわれた先生のことも息子の青史さんには「つらき日々のみ」と感じとられたのでしょうか。そう思うと胸が熱くなります。人の命は儚く、つゆ草の露のようですね。
*表紙の歌は相聞歌28首の見本作品として先生が送ってくださったものですが私にはとても心に沁みる歌です。「蜻蛉あきつ吾妹わぎもの夏のうすものをまとひて暁の空に舞へ」
*高さ30cmの流木に赤蜻蛉、見上げて身構えたかまきり
*茶入は夕焼を背景に不二と空に舞う蜻蛉
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